今、金融市場では信用収縮とよばれる事態が発生しています。信用収縮とはなにかを理解するためには、金融市場の性質について少し学ぶ必要があります。
景気後退の影響が、セキュリティ予算にも及んでいる。CSO編集部が行った調査では、今回の金融危機で、セキュリティ部門スタッフの採用凍結や人員削減を余儀なくされている企業の実態が明らかになった。
同調査は、現在の経済状況がセキュリティ関連予算にどのような影響を与えているのかを把握するために実施したもの。企業や団体などでセキュリティに関する意志決定を担っている責任者を対象とし、159人から回答を得た。
それによると、「景気がセキュリティ支出にマイナスの影響を及ぼしている」と答えた人は64%、「今のところ何も影響がない」と答えた人は19%、「プラスの影響を与えている」と答えた人は6%だった。
また、「今後セキュリティ予算が削減される見通し」と答えた人は35%、「現在の水準が維持される」と答えた人は42%だった。ちなみに、2008年に行った同様の調査では、「セキュリティ支出を増額する計画である」と答えた人が38%だったのに対し、「予算は削減される見通しである」と答えた人は 24%だった。
セキュリティ・サービス・スイッチ・ベンダーである米国Crossbeam Systemsは、今後12カ月間にセキュリティ支出の増額を計画している数少ない企業の1つだ。同社のエンタープライズ・セキュリティ管理を担当するジョン・マクレイノルズ(John McReynolds)氏は、「前年と比較し、(セキュリティ)予算は増えている。その理由は、法規制の問題に対処するためと、企業に求められるキュリティ・プログラムの拡充に対処するためだ」と語る。
マクレイノルズ氏によると、Crossbeamでは法令順守などを考慮し、セキュリティ予算を決定することが多いという。こうした傾向は、セキュリティ支出の増額を計画している他企業でも同様だ。
一方、ペンシルベニア州ウェインのラドナー・タウンシップ学区でセキュリティ管理者を務めるジョー・パーチェッティ(Joe Perchetti)氏は、学内のセキュリティ強化を求める声が高まるなか、予算の確保に苦労している。
「1999年4月にコロンバイン高校で発生した銃乱射事件や、2001年9月11日の米国中枢同時多発テロ以降、学内の安全を維持するためのベスト・プラクティスが注目されている。予算は限られているが、21世紀に求められるセキュリティ・レベルを維持しなければならない。そのためには、システムのアップデート/アップグレードは不可欠だが、現状は極めて困難な状況だ」(パーチェッティ氏)
また CSOは、予算の増額や減額の対象となる分野についても調査した。選択肢として挙げた分野は、「事業継続/障害復旧」「データ喪失防止」「身元管理」「法令順守/法規制」「(アウトソーシングされている)セキュリティ・システム」「物理的なセキュリティ」「政策対応および危機管理」「人件費」だったが、回答者の半数以上は、人件費を除き、現状の水準を維持する見通しと答えた。
人件費については、回答者の41%が「減額されるとの見通し」だとしており、約60%の回答者が、「採用凍結を実施または実施する計画である」としている。なお、採用凍結にとどまらず、「スタッフを減らした、あるいは今後6カ月以内に減らす計画である」と回答した人も35%に上った。
「百年に一度」の金融危機で世界経済は大混乱の中、いわゆる「時価会計の凍結」議論が熱を帯びています。現在の金融危機をさらに増幅させてしまうとして時価会計をやり玉に挙げる論調を目にすることがありますが、金融機関の不良資産の切り離しや自己資本の積み増しといった本質的な問題から目を背けた議論になっている場合があり、これでは問題のすり替えになっている点は否めません。会計はあくまでも経営の実態を表現する道具に過ぎないのであって、会計によって経営実態を覆い隠したところで、問題の先送りになっているに過ぎないということは言うまでもありません。
1997年12月、日本はバブル崩壊で金融機関の不良債権が増大。当時、大蔵省が金融機関に「低価法」から「原価法」への変更を緊急避難措置として認めた経緯がありますが、今回はまさかこのようなことはさすがにないでしょう
現代日本の金融危機管理体制
世紀末の現代日本の逼塞状況を象徴した1990年代の金融危機。
日本政府は、この金融危機の深化に対して、「日本型」と言うべき
きわめて特殊なTBTF政策を採用することによって金融危機管理に失敗した。
ではなぜ、日本の金融危機は、貨幣信用恐慌として
爆発することなく一応の収束を見たのか。
本書は、経済過程としての貨幣信用恐慌とそれに対する上部構造的介入としての金融危機管理政策との相互作用に着目した意欲的な金融危機分析である。
また、本書は預金者の利益、ひいては国民的な金融的利益とは
何かという視点から、日本における預金保険制度の運用について、それが本来の預金保険制度の趣旨から逸脱したものとして厳しく批判している。